平安京が秦氏の支配地に作られたのは知っていましたが、高田崇氏は、それを朝廷が秦氏を虐待したとして描いておられましたが、本書ではむしろ秦氏が率先して土地や資金を提供したと書かれています。
実際、それだけの資金力を持っていたなら、数が少ないとはいえ、朝廷に言われるがままに財産を奪われるのは不自然ですし。
当時の朝廷が余程の軍事力を持っていたのなら分かりますが、実際には当時の朝廷にはそんな軍事力などはなかったはずですし、そもそも軍隊を動かす資金は度重なる遷都で底を付いていたはずですし。
秦氏がユダヤ系かどうかは私には判断しかねるのですが、日本の古代神道にはユダヤ教や原始キリスト教の影響が見られるのは間違いなく、ユダヤ人が古代日本に入り込んできた可能性は高いとは思います。
(ただ、インド仏教が伝来してもインド人は日本に来ていない例もあるので、ユダヤ教の伝来とユダヤ人の渡来は別問題だと思っています)
日本とイスラエルにしかない文化(「もったいない」というのは、日本人とユダヤ人にしか理解できない感覚だとか)や日本語としては全く意味不明なお囃子言葉がヘブライ語ではしっかりとした意味があること、最新のDNA解析でイスラエル人と日本人しか持っていないDNAがあることなどを考えると、ユダヤ人が日本に渡来していた可能性はありそうです。
正倉院には古代ペルシャの遺物が大量に保管されていますが、遺物だけではなくペルシャ系の人達も日本にまで来ていたという説もあり、であればユダヤ系の人達が日本に来ていても何ら不思議はないですから。
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