2018年7月21日土曜日

30の神社からよむ日本史 / 安藤 優一郎



神社の由来から日本史を説いていくのかと思ったら、有名な神社30社にまつわる歴史的なネタを集めたものでした。
まあこれはこれで、面白かったですが、それぞれのストーリーが完全に独立しているので、豆知識以上にならないのが残念です。

しかし、明治神宮や東郷神社、野木神社は、明治以降に創建された、新しい神社というのは知っていましたが、平安神宮や橿原神宮もそうだとは知らなかったな。
どうもそういう新しい神社というのは、有り難みが感じられなくて、お参りする気にはならないです。
逆に古い神社としては、出雲大社が挙げられていますが、元出雲の話が出て来てないのが残念ですね。
#元出雲の話は、QED以外で読んだことないですけどね。
最古の神社と言われている三輪神社がないのもなんかなぁという感じ。

嘘だらけの日独近現代史 / 倉山 満



嘘だらけシリーズもこれで終わりだそうです。
日本と独逸は、歴史的な接点が、第二次世界大戦の直前にヒトラーの第三帝国と同盟を結ぶまでは直接的にはありませんでした。
間接的には江戸時代後期辺りからあったらしいですけど、世界半周する玉突き効果での関係なので、因果関係はなかなか意識しにくいですよね。
まあいずれにしても、当時の内閣が何をどう考えたのか、本シリーズで讃えられている最高の外交官である菊ちゃんの意見を無視して、日独伊同盟を結んだのが間違いのものですよね。
英国との同盟を続ける道があったにも関わらず。
政治家が無知な世論と無責任なマスコミを気にするとどうなるかという見本です。

ところで、欧州の先進国では共産党の結党と活動は禁止されています。
日本でも共産党赤軍のテロが、60〜70年代に続いたので、共産党は検察の監視対象になっているのですが、思想の自由を理由に共産思想が禁止されているわけではありません。
このために大陸の共産党政府のスパイがやりたい放題の状態なんですよね。
人を殺しまくる、という思想が、思想の自由の名の下に保証されねばならない、というのが自由主義といえるのか?
今、朝日新聞などが内閣を相手にほざいているのは、こういう「責任を伴わない自由」です。
本来の「自由」には、責任が伴うということを全く判っていないか、無視しているのです。

2018年7月16日月曜日

ジュラシック・ワールド 炎の王国

ジュラシック・ワールド 炎の王国公式サイト

ジュラシック・パークが映画化された頃は、まだまだ未来技術の予想でしかなかったですが、今日ではそれ程遠い話ではなくなってきています。
滅びたものを無理矢理復活させることが、果たしていいことなのか…。
その問題が、今回のメインテーマになっています。
単なるアクション娯楽映画から、人類のこれからの未来を示唆する映画に変わっている気がします。

原作のジュラシック・パークでは、最後に恐竜が逃げ出し、その生存が確認されたところで終わりますが、本作も同じような終わり方です。
人類の世界に放たれた恐竜たちがどのように扱われるか…次回のテーマがそれですかね?

2018年7月10日火曜日

水戸黄門 天下の副編集長 / 月村 了衛



長寿テレビ番組で有名な水戸黄門漫遊記のパロディ小説です。
黄門様と介さん覚さんは、江戸後期に作られた漫遊記のキャラクタなので、パクっても問題はないでしょうけど、くノ一のお吟と風車の弥七はテレビシリーズの独自キャラクタだから、パクるのはやばくないか?

水戸黄門が藩主を引退後に国史編纂に力を入れていたのは、よく知られることですが、その編纂事業をネタに漫遊記をパロった小説です。
月村氏の小説は、シリアルなものが殆どで、こういうギャグ小説は初ではないかと思いますが…ふざけた筋を真面目な文体で綴っているのが、逆に面白さを引き立てて、あっという間に読み切ってしまいました。

2018年7月8日日曜日

決定版 邪馬台国の全解決 / 孫 栄健



著者の名前からすると中国系の方のようなのですが、日本在住で日本の出版社から何冊も著書を出されているようです。
歴史研究家のようですが、プログラミングの著書もあるようなので、コンピュータの知識もおありのようです。
そのせいか、本書で展開されている論は非常に論理的で緻密で、1つの物事を多角的な見方から検討して仮説の正否を検討されています。
在野のアマチュア歴史家のような思い込みと、不確かな証拠を元にすることもないし、推測に推測を重ねるような論法もありません。
中国の古代史を読み解くには、古代史各史を読み解き、その筆法と論法、文法を解き、文字の使い方をしっかりと理解する必要がある、という至極当たり前だけど、お偉い学者先生達が実際にはされていないことを、きちんと本書で説かれ、実践されています。
今まで読んだ邪馬台国の謎解きで、これ程納得がいく説明をされているものはなかったです。
歴史好きな人なら、内容の正否はともかく、一読しておかないと今後恥ずかしい思いをするのは間違いないと思います。

ただ1点だけ気になったのが、魏の皇帝から金印を下賜された周辺国の王は、倭国以外にも大勢いたはず、と推測されている点です。
魏志に書かれている中では、金印を下賜したのは倭国と月氏の国の二つだけ、というのを別の書で読んでいるのですが、本書ではそれには触れられておらず、たぶん他にも多くの王に金印を渡しているはず、という推測だけで書かれています。
他のことは、三国志全般に渡っての用例を細かく挙げて調べておられるのに、これだけは憶測と思い込みだけで書かれているのが、ちょっと納得がいかないですが。
まあ、これについては邪馬台国がどこにあったか?には影響しないことなのですが。

また深くは触れられていないのですが、邪馬台国の人びとは常に半裸で、顔に入れ墨があるというのですが、本書で推定されている邪馬台国の場所だと年中半裸でいるのは3世紀の気候でも無理じゃないのか?というのと、邪馬台国が後に大和政権になるのであれば、入れ墨の風習はどこでなくなったのか?が解決できていません。
まあ本書の目的は、古代中国史の筆法によって、所謂魏志倭人伝を読み解くことなので、この疑問に関しては、読み解いた後の問題なんですけどね。

2018年7月4日水曜日

言ってはいけない中国の真実 / 橘 玲



橘氏は作家ですが、本書はノンフィクションのレポートです。
本来ならこういう内容はマスコミが日頃周知すべきことだと思うのですが、日本のマスコミは偏向報道どころか出鱈目なフィクションばかり流していて、当てにならんですからね。
その点、氏は非常に冷静に公平な視点で観察と分析を行っていると感じました。
先入観や思い込みではなく、見て聞いたことを脚色せずに忠実に描かれています。

繰り返し書かれていることですが、中国と呼ばれている地域の一番の問題は、人口が多すぎることです。
私も普段「日本の10倍の人びとが、日本国土の30倍の土地に住んでいるんだ。一言で中国なんて言えない」と周りに言っていて、頭では判っているつもりでしたが、本書の省単位での人口と世界各国の人口を比較したグラフを見て、あーまだこれが感覚として分かっていなかったなと思いました。
共産党中央部の統制が取れておらず、人民解放軍が各軍区毎に中央部を無視して好き勝手やっている、というのは何となく感じていました。
が、各省から下部の村とか町単位まで行くと、完全に野放し状態だそうで…確かにあれだけ広い土地と過剰な人口をどうやって統率してるだろうと不思議でしたが…要は統率なんかできていなくて野放し状態で好き勝手できるから、逆説的にほどほどに中央のいうことを聞いたふりして従っているふりをしているだけらしい。
そういう危うい状態だから、歴代の王朝は繁栄しても長続きせずに滅びる。で、新たに統一王朝が同じ体制を引き継いで興り、繁栄→滅亡を繰り返すと。
現在の共産党政府も、そういう危うい状態ではあるものの、人民にとっては経済発展で都合のいい方が(今のところは)多いので、共産党独裁でも今のままの方でよいと思われていて、人民が反乱革命を起こす気配は当面ないらしい。
でも郡部が独走しているのは…先日の全人民大会で習主席が永久に君臨することになったので、軍幹部ももう諦め状態のような気はします。
#だから三瓶が慌てて訪問して頭を上げたんだろうなと。

現代の中国(と呼ばれている地域)には、日本の暴力団のような組織はないそうなのですが、(もちろん犯罪組織はあるけれども永続的な組織はないそうで)、何故かというと共産党自体が黒社会組織だから、それに対抗するような組織は潰されるからだとか。
実際、共産党の起こりは、(分裂していた)中華民国政府と大陸に展開していた日本陸軍に、対抗するゲリラ組織で、反社会組織だから、成り立ちはそうなるんですよね。
今でも政府そのものが犯罪組織みたいなのは、変わってないし。

分裂して内戦になったら、日本はどうなってしまうんだろうか。

2018年6月28日木曜日

明治維新という過ち・完結編 虚像の西郷隆盛 虚構の明治150年 / 原田 伊織



シリーズ第3弾で、完結編です。
今回は西郷さんの巨像を暴くことを主眼に論を進められています。
世で云われているような立派な人物ではなかったのは事実かも知れませんが、本書を読んでも下級武士の出なのに、非常な影響力がある人物であったことは間違いないようです。
対して、勝海舟はほら吹きの小物に過ぎない、と云いたいところですが、何故かそのほらで以て色んな人を動かしているんですよね。

何にしても、明治政府立ち上げ時の中心となった長州派閥の連中は、権力を得たことを利用して私腹を凝らすことに明け暮れていたのは間違いなさそうです。
このことは逆説の日本史でも指摘されていました。
今でもこの頃の長州派閥というのは、官僚の世界では生き続けているようで、官僚が天下り先として公金を使って多数の公益法人を作り、そこに意味もなく多額の税金を投入し、それを給与や退職金として懐にしている構図の原形は、明治時代にあったんでしょね。